HISTORY

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97年11月 NSR50からNSR250R SEに乗り換える。
一週間後、平○にて転倒。半年間、峠に行かなくなる。

98年4月
英○山でまた走り始める。糞みたいな走りだった。

99年1月
前の年の11月2日に平○で転倒。自走不可で親父に電話したら、歩いて帰れと言われる。
でもバイク屋に引き取りに来てもらった。
写真は修理後。






写真左:初めてガソリンタンクを外した記念写真。
この後、親父に「完成しとる物を壊すな」と怒られる。

写真中央:2000年1月
前年の11月2日バイト中に止めていたバイクが、トラックに轢かれフレームが折れる。
11月2日は厄日に決定した。
保険で新古車を買う。これを選んだバイク雑誌に「クリビーレになりたいあなたへ」と書いてあった。

写真右:親父リミッターが外れ、改造に目覚める。






写真左:2000年12月3日
サーキット走るようになる。HSR ライスポカップにて。

写真中央:同日4時間後
厄日が一ヶ月と一日遅れだと知る。鎖骨と肋骨を折り重傷。

写真右:それから2日後
病院のベッドが空いてないと言う理由で、折れたまま一週間過ごす。
その後、全身麻酔の恐ろしさと看護婦さんにやられる浣腸の恥ずかしさを知る。






写真左:2001年
外装にこだわるのを止め、倒立を入れる。

写真右:2002年
やっぱり外装にもこだわる。

改造費は夜勤のアイス工場で稼いで頑張った。





写真左:2002年末
アイス工場での頑張りが無に帰する。
まだ厄日のジンクスが終わってない事を悟る。
自走で帰るも、次男坊がウンコを踏んだままコンビニをうろつく。

写真右:2003年
FRPでアッパーを自作する。ノーマルの倍ぐらい重かった。






写真左:2003年後半
RS250仕様に目覚める。フルカウルを装備したのちPGM死亡。
ジンクスは続く。そして金欠になる。

写真右:2004年5月
今のベースが出来上がる。傷がつくのを恐れて保守的になる。
牙が抜けた。





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